しのざきのおと。

人からエネルギーをもらって、自分からもエネルギーを発して、の循環ができたらいいなぁと。

誉められた時に嬉しいと感じる事ができるためには、どういう条件が揃う必要があるのか

ブログをマメに更新する方って本当にすごいなーと思います。書く内容を見つけることも、書く時間を確保することも。
私は比較的通勤時間が長いのでその時間をブログ更新のために利用するといいんだろうなーとは以前から思っていたんですが、ノートパソコンぐらい広い画面がないと&キーボードがないとある程度の長さの文章は書きにくいよーと思っていました。が、そんなことを言っているといつまで経っても更新頻度が上がらなそうなので、試験的にアプリを使って書いてみることにしました。

さて、何を書こうかな。「誉められた時に嬉しいと感じる事ができるためには、どういう条件が揃う必要があるのか」を、書きながら考えることにしようかな。
と言うのも、身近にすごくよく誉めてくれる人がいるんですよね。私に限らず、その人の身の回りにいる方のいいところを具体的に誉めてくれる方が。
それってすごくいいことだと思うし、決してその人が心にもないことを言っているとも思えないんです。でも、どうしてなんだろう。なんだか、すっと素直に受け取れない時があるんですよね。何かがもやもやする。「いやいや、そんなことないんです」って謙虚になる時の気持ちとも、微妙に違う…
何と言うか、誉められれば誉められるほど、その人から「追いつめられる」感じがするというか、私に対して「誉められるような存在であり続けてほしい」という無言の圧力を感じていて、それが苦しいのかな。でも、それはその人だけのせいじゃなくて、自分自身がその人に対して「この人は私に対して高い水準を求めているだろうな」「それに応えるべきだよな」という気持ちがあるからなんだろうな。
だからって「誉めないで下さい」って言うのも違うし…その人の誉めを素直に受け止められる時もあるし…難しいなー。でも、今までで一番「相手の事が嫌いじゃないのに、一緒にいてなんだか苦しくなることがある人」かもしれない。実力のある人の隣にいると勝手に苦しくなる事ってありますよねぇ。その人に信頼されればされるほど辛いというか。

で、表題に戻って考えてみると。
「相手に対して嫌悪感がない」「誉められている内容に対してある程度納得が行く」「相手からの無言の『素晴らしい人間たれ』という圧力を感じない」という条件が揃った状態で誉められた時に、人は素直に喜べるのかな、なんて思いました。

ふー、初のアプリからの投稿はこの辺で。
やっぱり文章全体を見渡しにくいから書きづらさはあるものの、軽めの文ならアプリでも行けそうな気がしてきた。問題は、私が軽めの記事を書くのが得意では無いってことなんだよな…!!!