生田衣梨奈さんのブログに対する勝手なる私信
昨日はね映画みてたの!!!
そうなんだ。「!」が3つも並んでとっても楽しそうだね(^^)
すごく感動したのかな?
どんな映画を見たのかな?
「ツレがうつになりまして。」っていう映画なんだけどね、えりは誰にでも優しくいたいって思った。
へー。細川貂々さんの漫画が原作のやつだよね。昔読んだことがある気がするなぁ。そう言えば映画にもなっていたっけ?誰が主演だったかな。
そして急に大きな話になってきた!!優しく「し」たい、じゃなくて、優しく「い」たい、なんだね。どんな話なんだろう?
人に優しくするのってすごく難しいことだと思うんだ。だってその人のその日の感情ってあるやん?!そんなの自分で左右出来ることじゃないし、自分で偽りすぎるのもよくないって思うからね!!
生田さんにとっての「優しさ」の定義ってどんななんだろうなぁ。
生田さんはどんな時に「(自分は)人に優しくしたな」って思って、どんな時に「人に優しくされたな」って感じる感性を持ってるんだろう。
ともあれ、優しくするのって難しいことだね。
「自分の色々な感情があるから常に人に優しくするのは難しい」
「どんな感情があっても優しくするのがいいと思うけど、無理に優しくしようとするのは『偽り』な感じがする」
…ってことかなぁ?
たくさんの人にあう事をしてれば、いろんな人にあうんだよ!!それはえりにとってすごくいい事だと思うし、とっても素敵な事( ´ ▽ ` )ノ1回の出会いでも、大切にしなきゃだと思う。だからね、誰にでも優しくするんだ!!笑
うん、なかなか難解だ(笑)。でも、勝手に推測したりするのは楽しいからな。
(アイドルとして)たくさんの人に会う(仕)事をしてれば、いろんな人に会うんだよ
ってことかな?
たくさんの人に合う事をしてれば、いろんな人に合うんだよ!!(うつの人も含めてたくさんの人に合いやすい事をしていれば、結果としてそれはうつ以外の人も含めたたくさんの人にフィットするんだよ)
ってことかとも思ったんだけど、次の文が「1回の出会いでも」だから、これはやっぱり「会う」っていうことかな。
生田さんは「たくさんの人、いろんな人」に会うことをどうして「いい」「素敵」だって思うんだろうな。
そして「1回の出会いでも大切にしなきゃいけない。『だから』誰にでも優しくする」の「だから」もどういう意味かな…!?生田さんの中で「優しくする」ことが「大切にすること」につながる、ってことかな…。ますます生田さんの「優しさ」の定義を聞いてみたいものだ!
えりは映画をみてすごく影響されやすいんだよね!すぐ前髪切ろうとしたり、感情が動かされたりだから映画みるのが好きなんだ!!!
「すぐ前髪を切る」と「感情が動かされたり」が同列で並ぶのってなんかつんく♂さんっぽいなって思った(笑)。
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人の感情を動かすのってすごく難しいんだよ!普通に踊ってたってカッコイイなんて思わないし、可愛いなんて思わない!その人の中に何かの魅力が少しでも感じられるから、好きになったりするんだと思う。えりは新垣さんの演技をみて、新垣さんを好きになりました。感情が動かされたから!
「芸能の人である生田さんが考えていること」をこうやって言葉にしてくれるのはすごく嬉しいし、すごく興味深い。わかってたけど、生田さんが色々なことを考えているのがわかりやすい形で実感できてありがたい。
その人の表現のどこかに魅力を感じるから、人はその人のファンになる。その通りだろうね。
踊り自体がかっこいいとか可愛くなくても、「何か」を感じてその人自身を「かっこいい、可愛い」って思ったりするから人間の心って不思議なものだよねぇ。
生田さんは、新垣さんの演技を見てどんな感情をどんな風に動かされたんだろうな。
だからね、えりも人に感動を与えられるような人になりたい。存在でもそうだし、パフォーマンスでもね!演技とかはぜんぜんえりはしないけど、おしゃべりしたりダンスだって歌だってするやんか?!だからがんばるね。
自分が誰かに感動させてもらったように、誰かを感動させられる人になりたい、と生田さんは思ったのかな。
「誰かにプラスの気持ちをもらいたい」で留まるタイプの人もいる訳で。そこに留まらず、「誰かにもらったプラスの気持ちを自分も誰かに還元したい」というところまで気持ちが発展するって健全な心だなぁと思う。
「人から感謝されたいって見返りを求めてるんじゃん?」という考え方もあるだろうし、全くその要素が無い訳じゃないと思うけど、純粋に「誰かに良くしてもらったから、今度は私がする番!!」っていう気持ちの方圧倒的に大きいものなんじゃないのかなぁ、と思う。
「パフォーマンスでもそうだし、存在でもね!」じゃなく、「存在でもそうだし、パフォーマンスでもね!」なところが興味深い。一般的には前者の語順を選ぶ人の方が多いんじゃないだろうか。でも、パフォーマンス云々以前に「生田衣梨奈そのもの」が、感動させられる存在になりたいんだっていう感じがして、生田さんが選んだ語順の方がかっこいいなと思う。ただの偶然かなとも思うけど(笑)。
と言うか、演技この前してたじゃないですか。でもきっと生田さん的には「ぜんぜん」の範囲なのかな。私は演技をしている生田さんを見た、と思ったよ。来年の舞台も今から楽しみだよ。
人に必要とされる人間になるんだ。いろんな人に良い意味でも悪い意味でも、言われなくなったら本当にダメだと思うもん!最後まで。えりな
人って結局何億人に必要とされても「自分って本当に必要な人間なのかな」って思ってしまうものなのかなーって思ったりすることがあります。そもそも「本当に」必要ってなんだろうなって考えちゃったりも。するな。
「言われなくなったら本当にダメ」と言うのは芸能の人にとっては本当にそうなんだろうな。
私のような普通の社会人している人間は、この文を読んで「私も常日頃『注意してもらえなくなったら、率直な感想を言ってもらえなくなったらおしまいだ』と思っているなー。だからこそ、経験年数が増えれば増える程、『声かけてもらいやすさ』を気をつけているけど、なかなか難しいよね~」なんてことを思いました。
生田さんの「最後」っていうのは、人生の最期ということだろうか、なんてぼんやり思いました。
生田さんは卒業しても、おばあちゃんになっても高みを目指す人なんじゃないかな、って思っているからです。
生田さんの、生命力にあふれているところが私はきっと好きなんだな。
気持ち悪い感じの、勝手なる私信でした。