しのざきのおと。

2021年も穏やかに暮らしたい

私にとっての工藤遥さん三大エピソード

①可愛いにも程があるBDイベント

私がはじめて参加したファンクラブイベントは2014年の佐藤優樹さんBDイベントでした。

そこに工藤遥さんもゲストとして参加していました。

私、この時なぜか最前列だったんですよね。「えっ?ステージ近すぎない?まさかこの距離で二人が出てくるなんてことは…」と思っていたら嘘みたいな距離で二人(と鈴木啓太さん)が登場しました。

そしてどぅーは私のいた側にいることが多くて。まーどぅーで歌った「いつもとおんなじ制服で」でのハルちゃんは最高にキラッキラしてて「えっ…こんなに可愛い人って実在するの…???」と現実を受け止めきれませんでした。

それまで動画で見ていた娘。さん達はかっこいいイメージだったで、可愛い要素まで最強レベルで持ち合わせてるとは聞いてなかったんですよ…マジで…いきなりやめてよ…いややめないで…

 

そもそもこの世にまーどぅーが好きじゃない娘。ヲタっています?いないでしょ!!!??他の子とのペアも好きかもだけど、まーどぅーという組み合わせは誰もが無視することができない、魅了されざるを得ない二人でしょ!?

そんなの好きに決まってるやん…関係性ヲタの私が好きにならない訳ないやん…BDイベントで二人を見た時、「まーどぅーって現実だったんだな…」と拝みたくなりましたよね…

 

②え、いつの間に…の春ツアー

2016年春ツアー ~EMOTION IN MOTION~では少人数グループごとに歌う場面があって。工藤遥ちゃんはふくちゃん、小田ちゃんという歌唱メンと同じグループでした。正直(大丈夫かなぁ)と思いました。どぅーは決して歌が下手ではありません。でも、さすがにその二人と肩を並べて歌うというのはなかなか厳しい部分があるかもしれない、と思っていました。

 

が、むしろあの歌で一番良かったのはどぅーなんじゃないかと私は思っています。

あー、こんな可愛らしい声が、自然な感じで出せるようになってたのか…!!!と、ゾクゾクしたのがつい昨日のことのようです。最後のとことか、ほんと可愛すぎて何度見ても聴いても悶絶する…ハルちゃんほんまに罪作りやでぇ…

 

③やっぱりアイドル力が全開過ぎるBDイベント

2016年の工藤遥さんのBDイベント、何の迷いもなく申し込みました。私の中では「BDイベントに当たり前のように申し込むか否か」が「自分がその子を相当気に入っているか否かのバロメーター」なんですが、2016年は本当に息を吸うように申し込みましたね。今思うとどうしてだったのかなぁ。春ツアーの「声」が良かったことは、かなり影響していたように思います。

そしてほんとにもーこのイベントは最高でした。

パジャマハルちゃん可愛すぎる→優勝

「もしも…」を歌うハルちゃん可愛すぎる→最高

もしも…のイントロ流れた時号泣しましたよ私は。ほんま可愛すぎた…キラキラアイドルすぎた…

 

工藤のハルちゃんはボーイッシュさももちろん売りなんですが、一番の売りは何と言ってもそのキラッキラのアイドル力の高さなんですよ!!!

2016は秋ツアーで9-11期のソロがあり、ハルちゃんは松浦亜弥さんの「ナビが壊れた王子様」を披露していたんですが、その時のキラキラピカピカっぷりにもやられましたね…

「ご存知、ないのですか!? 彼女こそ、ハロプロエッグからチャンスを掴み、スターの座を駆け上がっている、超時空シンデレラ、工藤遥ちゃんです!!!」と叫びたくなりましたね…叫ばざるを得ないような輝きが彼女にはあるんですよね…

 

多分、あと半年の間に工藤さんはさらに輝きを増していくと思います。

なので、半年後には新しい三大がうまれているんじゃないかなぁと思っています。

私は彼女の演技が好きですし、あの可愛さは絶対に世間に見つかって世の中を幸せにするとは信じています。

 

でも、やっぱり私は「アイドル 工藤遥」が大好きで。

寂しくて寂しくて寂しい事にはかわりありません………

 

あー、「まーちゃんくどぅーのハロプロ先輩探訪団」泣きながら読も…

 

 

 

 

「飲み会」に私が求めているもの

私はお酒が好きです。たくさんは飲みませんが、お酒の味が好きです。

そして、外で飲むと色々な種類のお酒が飲めるし、料理を作ったり片付けたりしなくていいし、出来立ての料理を次々食べれるので、外で飲むのも好きです。

一人で飲むのも悪くないですが、私は人とお話するのが好きなので、人と飲めたらもっと楽しいです。

 

飲み会を「楽しい」と感じるには人によって必要な要素が違い、「どんな人と」「何人ぐらいで」「どんな雰囲気で」に差があるのだろうと思うのですが。

私はどうかなぁ、と改めて考えたくなったので考えてみます。

 

私は「大人数が参加している声を張る必要のある飲み会」が苦手です。

私は飲み会で「人との会話」を楽しみたいのですが、私が好きなのは例え飲んでいても「ノリでワイワイする話」ではなくて「お互いにゆっくり考えながらする話」なのです。「声を張る必要がある」時は多くの場合ゆっくり考えながら話す状況にはないので、あまり楽しくないな、と思うのだと思います。

 

あと、「席を自由に動き回るタイプの会」も苦手です。「規則性に従って席を動き回るタイプの会」ならいいんです。例えば、お見合いパーティー的に3分で一人ずつ席がずれていく、みたいにはじめからルールが決まっているのならそれは楽しめるんです。

でも、「自由に」動き回るスタイルは苦手…なぜだろう、と考えると、私は会話をしっかりと楽しみたいので話している途中に急に他の人が入ってきてその会話が中断されるのが苦手だし、他の人達が話しているところに(例え相手達が気にしないとしても)入っていくのは会話の流れを遮るようで苦手なのかな、思いました。あと、「今私が席移動しちゃったら残ってる人が一人になっちゃって悪いかな~」みたいな、遣わなくていい気を遣っている部分も大きいのかなぁと思います。

大人数でも、例えば結婚式みたいにあまり皆が席を移動せず、席の近い人同士で落ち着いて話をしたりするタイプの会は好きです。

 

逆にどんな飲み会が好きかと言うと、飲みがメインというよりは「話をする場においしいお酒と料理がある」のが好きなんだろうなぁと思います。あくまで話がメイン。お酒ではない。

人数は私も含めて2~6ぐらいが好き。理想を言えば4までかなぁ、と思いました。一つの話題を共有できて、誰もが抵抗なく自分の思ったことを話しやすい、という環境が私には一番楽しいのだと思います。

 

とは言え、世の中には私が好きなタイプの飲み会以外の飲み会もあるし、それに参加することもある訳で。

そういう会に参加した時にも「できたらなるべく楽しめるようになりたい」し、少なくとも「まわりの人に気を遣われない程度に楽しんでいる感を出したい」。とりあえず現段階で後者はクリアできていると思うので、前者をもう少しスキルアップしたいなぁ…と思うのでした。「今日はそういう場なんだ」という前提のもと、「その中で自分なりに楽しむには?」を考えていくといいんだろうな~

 

という雑談でした。

旦那さん以外の男性と話せば話すほど、自分は旦那さんの事が好きなんだというのを痛感する

以前このような記事を書いた。

shinoeco.hatenablog.jp

私は女の子が大大大好きだが恋愛対象は男性しかありえないタイプの人間であり、そういった意味で男性の事も大好きな人間なのである。

私は元から自分が専業主婦をする事ができない人間だと思っているが、「専業主婦をしてはいけない人間」だとも思っている。なぜなら絶対に自分が浮気をする自信があるからである。
毎日ほぼ旦那さん以外の男性と話す機会がない→たまたま旦那さん以外の男性と接する機会がある→気の迷いが生じるかもしれない
これである。私は自分の意思の弱さと惚れっぽさには自信がある。

今は仕事をしていて「男性と話したい欲求」が適度に満たされているからそのような事がおこらないのだと思う。もし出産のためにしばらく休むことになったら自分の気持ちがどう変化するのか、自分でも不思議である。恐ろしくもある。

とは言え、今、私が旦那さん以外の男性と話している時に何を思っているかと言うと、「やっぱり旦那さんが一番素敵で一番大好きだな!」ということなのである。
もちろん、男性とお話しするのは楽しい。女性として褒められて、嬉しい部分もある。
それでも私は「あー、旦那さんとこの話をしたらもっと楽しいだろうなぁ」とか「こんな時、窮屈を感じないだろうなぁ」とか思うし。他の人に盛大に誉められるよりも、旦那さんが私にしかわからないぐらいのほのかさで「私の事が好き」という信号を発してくれるのを、嬉しく思う。好きな人から愛しく思われて幸せだなぁ、と思う。だから、案外出産に関する休みの時も大丈夫なのかもしれない、と思う。

ちなみに他の男性と話していて改めて強く感じる旦那さんの「好きだなぁ」と思う部分は、いつも穏やかなところ、その穏やかさが表情に現れるところ、面白いところ、そして私が旦那さんのことを好きなのと同じぐらい旦那さんが私のことを好きなのが伝わってくるところである。

今日も、今日の旦那さんが今までで一番好きだ。

PCは日本語 スマホは英語

私はブログを書くのは基本パソコンからです。

自分にとってはスマホ=英語で話す、パソコン=日本語で話す、みたいな感覚で(とか言うほど英語が話せる訳では全く無いのですが)、長い文章をスマホで書くということは私にとっては大変なことなんです。多分文章全体を見渡しづらいのが原因だろうと自分では思っているのですが。

 

ただ、そうなってくるとブログに記事をあげる頻度は低くならざるをえないんですよね。なぜなら私は早朝に仕事に出かけ、帰ってくるのは21-22時ぐらいな事が多いのです。そうしてごはん、お風呂を済ませると翌日のためにも早く寝た方がよかろうという時間になるもので、平日に記事を書くことはほぼ不可能になる。そして土日にも予定が入っていたりすると、そこでも書けない→更新停止、となる訳です。

 

 3月のアメトーク「勉強大好き芸人」で、「まとまった時間を作って勉強するんじゃなく、少しずつでいいからどこででも、隙間の時間などを上手く使いながら勉強するのがいい」と言っているのを見て「確かに~」と思ったんですよね。

Twitterは隙間時間にできるのでブログより手軽に利用できて、結果的にそれが日記代わりみたいになっていますし。一つ一つは単文でも、0更新のブログよりTwitterの50つぶやきだな、と。

 

なので、大画面で文章全体を見渡しにくいという点はありますが、隙間時間にちょこちょこと書いて、もう少しブログも書けたらなーと思っています。つぶやきも好きなんですけど、やっぱりまとまった文章も大好きなんですよね~

 

人が笑顔でいるのを見るのが好きだ

自分の能力が特に高くなくても毎日幸せだなぁと感じられる人もいれば

人より優れた能力を持っているのに幸せそうに見えない人もいる。

 

私の会社にも後者の人がいた。部署は違うのだが、たまに一緒に仕事をする事がある人だった。

その人はいつも綺麗な身なりをしていた。見た事も無いような素敵な素材でできた服を着ていたことがあり、私は「その服いいですねぇ」と褒めた。

そしたら笑顔の「ありがとう」でも、照れたような「いえいえそんな」でもなく、拒否的な「別にそんなことないです」という答えが返ってきたことがあった。私は驚いたと同時に、哀しい気持ちにもなった。

 

その人は経験もあった。実力もあった。平均して質の高い仕事をしていた。それは私以外の人も認めていた。

にもかかわらず、その人は自分の仕事の出来について、謙遜を通り越して卑下していた。そしていつも人生に疲れたような、つまらなそうな顔をしていた。

なんでだろう、とも思ったし、見ていて私も悲しい気持ちになった。

 

先日、その人に久々に会う事があった。そうしたら、その人が今まで見た事がないぐらい晴れ晴れと、明るい顔をしていた。

何があったのかなぁ、と思いつつその人と話を続けた。色々と話をしていくうちに、どうやらその人が仕事を通じて自分自身に自信を見出し、その自信が表情・心情に反映されたようだ、という事がわかった。

 

今まで周りがどんなに褒めてもそれを素直に受け止められなかったその人が

仕事を通じて自分の中から自信が湧き出てきた時、その「自分から自分への称賛」は認められたんだなぁと思うと同時に、

人間て人によって色々な所にきっかけがあるものなんだなぁと思った。

 

その人が明るい顔で笑っているのを見て、私も嬉しくて幸せな気持ちになった。

笑顔が周りも幸せにするって本当なんだなと思った。

 

と同時に、人の笑顔を見て「良かったなぁ」と思えるのは自分がある程度幸せだからなんだろうな、とも思った。

人の幸せを一緒に喜べる心を保つためにも、常にある程度幸せでいられるといいなぁと思った。

 

そしてよく考えてみると、私には素敵な旦那さんがいて、仲間がいて、友達がいて、大好きなアイドルや趣味がある時点で「ある程度の幸せ」は24時間365日クリアできているなと思った。

好きなものがたくさんあるってありがたくて幸せだな、と改めて思った。

 

という話です。

生田衣梨奈さん(モーニング娘。’17)を好きになったらこんないいことがありました!

TwitterのTLを見ていたら、楽しそうなお題に関するツイートが流れてきました。

お題「○○担になったらこんないいことがありました!」

こういうお題、絶対私の好きなやつー!!と思って読んでみたら、やっぱり興味深い記事ばかりでした!

せっかくなので私も書いてみたいなぁと思ったものの、「担」と言えるアイドルはまだいないなぁ、ハローでもいいのかなぁ…と思っていたらお題製作者の綴さんからこんな優しいお言葉を頂きました。

せっかくなのでお言葉に甘え、せっかくなので私の大好きな生田衣梨奈さんモーニング娘。’17)について書いてみようと思います。

 

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(撮影:わたくし@2016三井住友VISA太平洋マスターズ プロ・アマチャリティトーナメント)

そもそも生田衣梨奈(いくた えりな)さんをご存じない方もいらっしゃるかもしれないので簡単な生田さん紹介を。

生田さんはモーニング娘。’17(わんせぶん、と読みます)の9期メンバーで、サブリーダーをしています。今年の7月7日(七夕!)で20歳になる女の子です。

見た目はギリシャ彫刻かFINAL FANTASYに出てきそうな美形であり一人でカラオケはもちろんいちご狩りや築地にサーモンを食べに行くことだってできる行動派でありながら、大好きな新垣里沙先輩の前ではデレデレふにゃふにゃしてしまう、内面では色々考えているのに語彙力が追い付かなくて不思議な感じになってしまったりする可愛らしい一面もあります。公式ハッシュタグは「#えりぽんかわいい」。

特技はゴルフとアクロバット!!運動神経が良く、最近ではその身体能力を生かしたパフォーマンスで本人も自信をつけてきています!!

メンバーカラーはでしたが、今は大好きな新垣里沙先輩黄緑を引き継いでいます!!

 

では、ここから本編!

 生田衣梨奈さん(モーニング娘。’17)を好きになったらこんないいことがありました!

・ようやくいい物を素直に「いい」と言える自分になれた&3次元の女の子の素晴らしさに改めて気付けた

私が中高生の頃は今のようにアイドルが流行っている時代ではありませんでした。

ただ、漠然と「アイドル=顔が可愛いくてニコニコしてるだけの女の子が、下手な癖に歌って踊っているだけでチヤホヤされる」という、今思うと笑えるぐらい典型的なステレオタイプの思い込みをしていました。

そして顔が十人並みでオシャレに興味も持たないのでダサく、「笑顔で媚びを売るなんてサイテー。ほんとの私の事をわかってくれる人とだけわかりあえればいい」という清々しいほどの典型的自意識こじらせだった私はそんな女の子達が好きではありませんでした。本当は可愛くてニコニコできてかっこいい男の子たちと素敵な恋愛ができるであろう彼女達が羨ましかったけど、そうやって素直に言えませんでした*1

 

それに元々ゲームや漫画、小説が好きな私は「2次元女子こそ最高に可愛い。なぜなら理想の姿を好きなように描けるのだから」とも思っていたのです。

 

ですが。なんですが。3次元の彼女達を見ているうちに、(あれ…3次元もすごい可愛くない?時として余裕でビジュアル2次元超えてこない??ストーリー性においても「事実は小説より奇なり」とはよく言ったもんで、妄想を軽々と超えてこない???)という事に気がついちゃったんですよね…。2次元は2次元で今も好きなんですけどね。

 

そして自分の年齢が上がり、若く美しい女の子を見ても「同世代の比較対象」にはならなくなったことも、「いい物はいいなぁ」と素直に思えるようになった理由の一つだと思います。

そして結果的に「中高生の私ちゃん、単に自分より圧倒的に可愛い女の子が羨ましかったんだよね。わかるよ」と当時の私を認められるようになったのだと思います。この体験は、私自身を楽にしてくれました。

 

・フットワークがさらに軽くなった

私はもともと「いいなぁ」と思うものに対しては比較的フットワークが軽い方で、すぐにファンクラブに入りますし、すぐに告白しますし、すぐに話しかける方です。

ただ、今まで「遠征してコンサートに行く」というのはしたことがありませんでした。

学生時代は単純にお金がなかったのですが、社会人になってお金ができてからも、「遠征する事に抵抗なくお金をポンと出す気になる物」にはまだ出会ったことがありませんでした。

が、モーニング娘。を好きになって、「とにかく今すぐ彼女達を見たい」と思った時、東京近辺の会場はチケットが売り切れだと知った私は速攻で遠征を決意しました。とは言え河口湖山梨県)だったので関東圏の人間から見て大した遠征とは言えないかもしれませんが、それでも「ああ、私こんなにモーニング娘。の事が好きなんだな」と実感した一件ではありました。

 

そして生田衣梨奈さんのファンになってからは彼女の凱旋公演である福岡公演にも行くようになりました。昨年は御殿場でのプロアマゴルフツアー観戦にも行きました*2。「好きな物のために行動する」ことのハードルが、以前よりもさらに下がった気がしています。好きって偉大…!!

 

・30代になっても新しい事をバンバン覚えられることに気が付いた

よく「歳とるともう新しい曲覚えられないよね~」という話聞くじゃないですか。

私もそういうもんなんだろうな、と思っていました。実際「ものすごい好きな音楽活動家がいない時期」は新しい曲をほとんど覚えませんでした。

でも、モーニング娘。を好きになって、ものすごい速度でものすごい数のメロディー・歌詞・振りを覚えられている自分がいる事に気がつきました。この歳になってもこんなに覚えられるんだ、と自分でも驚きました。歳だから覚えられないんじゃない、強い興味を持たないから覚えられないんだ、と身をもって体験しました。

だからこそ、他の事にも「今からでもどんどんやってみよう!興味があれば今からでも全然習得できる!」と前より気軽に思えるようになった気がします。これは日常生活にも仕事にも反映されている、ありがたい部分だと思います。

 

 ・毎日がさらに楽しく幸せになった

元から毎日楽しく暮らしていた私なのですが、生田さんを好きになって毎日がますます楽しくなりました。

だって、生田衣梨奈さんと同じ時代を生きてるんですよ? それだけでもう毎日本当にハッピー♪♪♪

 

ハロプロメンバーはブログを持っていて、それがほぼ毎日のように更新されるんですよ。そしてブログにはほぼ毎回写真が載っている…これが2次元ヲタからすると本当にものすごい衝撃だったんですよねぇ。だってゲームの開発画面とか、毎日更新とかは無いから。毎日毎日新しいビジュアルが公式供給される…そんな天国ありなの…?と思いました。

仕事疲れたなぁ→帰りの電車でブログ更新来てる→生田さん最高に可愛い→最高に幸せ

ほぼ毎日これです。

 

そして私の好きな生田衣梨奈さんは先程書いたようにすごく行動派でポジティブな人なんですよ。だから生田さんの活動やブログやラジオを追いかけていると、「あ~、生田さんがこんなに頑張ってるんだから私も頑張らないとな~」って元気をもらいます。本当にありがたいことです。

 

生田さんを好きになって「こんな悪いことがあった」と言えるものは一つも無い気がします。いい事しかなかった。そう思うと感謝しかありませんね。

これからも感謝しかない気がします。これからも大好きでいさせてくれることにも感謝です。生田さん、毎日ありがとう!!!

 

今回は生田さんについて書かせてもらいましたが、いつか私が誰かの「担」を名乗れるようになったら、同じお題でまた書いてみたいです。おそらくその日は来ると思うのですが、それは誰なのか。自分でも楽しみです。

 

関連記事:

shinoeco.hatenablog.jp

専業家事・育児担当者と兼業外貨獲得担当者のカップルの話から考えたこと

うちは私も夫も正職員としてフルタイムで働いています。

私が普段話をするのは主に会社の人達なので、「仕事をしている人」です。

先日「専業家事・育児担当者」の女性(Aさん)と話をし、普段自分が話をしない分野の人と話した事で色々思う所があったので、そこで考えた事について書きます。

 

「専業主婦」と敢えて書かないのは、「主婦ってつまりどういうことだろう?」と考えた時に、「家事・育児を担当する人ってこと、かなぁ」と思ったからです(実際にはもっと色々ある訳ですが。マルチな能力を求められる非常に複雑な仕事ですよね)。

Aさんは現在家事・育児を行っており外貨獲得はしていないため「専業家事・育児担当者」と言えるのかなと思いました。

Aさんの旦那さん(Bさん)は現在会社員として稼働しているので「外貨獲得担当者」と言えるかなと思いました。

ただ、Aさんという「専業家事・育児担当者」がいるからと言って、それはAさんが「外貨獲得手段を得ていないから『専業』と言われている」だけで、別に「夫婦においてAさんだけが専任で家事・育児をする訳では無い。と言うか、それはおかしいだろう」と思うんですよね。Bさんも、家に帰れば「家事・育児担当者」という役割は発生するだろう、と。

という訳で、Bさんは「(家事・育児との)兼業外貨獲得担当者」と言えるのかなぁ、と思いました。家事代行を頼んでいない限り、「専業外貨獲得担当者」はいないのかなぁと。育児に関しては「代行者にまかせきること、夫婦のうち片方が専業すること」はありえないでしょうし。

 

私の友人は男性より女性の方が多いので、専業・兼業に関わらず今まで女性側の意見を聞くことが多かったです。

ご夫婦の関係性について聞くと「上手くいっている」と感じている人もいれば、「上手くいっていない」と感じている人もいます。「上手くいっていない」という人達に共通する事は何かなぁ、と考えてみたら「対等・平等な感じがしない」ということかなぁ、と思いました。

 

「不平等」については、兼業の方からは「①同じぐらい働いているのにどうして自分の方が家事の割合が多いのか」という話を聞くことが多いです。

専業の方からは「②旦那は仕事は休みの日は『休み』として過ごしているのに自分には『休み』が無い」「③家事・育児を『外貨労働』より低く見られている」「④家事・育児に対する『報酬』が無い」という話を聞く事が多いです。

 

①の「同じぐらい働いているのにどうして自分の方が家事の割合が多いのか」については私も謎だなと昔から思っていました。同じ働き方をしているなら家の中の事は半分こする、少なくとも多くやってもらった分にはそれに見合う感謝を述べるのがいいのではないかなぁと思っていました。

あと、女性の多くはそれまでの生活の中で「本来家事は女性がやるべきだ」という価値観を刷り込まれているので、「家事をする」のが「普通」の基準になっていて「家事をしない自分」に対して罪悪感を覚える率が、男性より高い気がしています(男性は逆に「やらないのが『普通』だからやったらむしろ『すごい』になる)。なので、「家事ができていない状態」だと、男性より女性の方が「相手に対する罪悪感を感じる率は高い」んじゃないかな~と。私はまさにそれです。

 

②の「旦那は仕事は休みの日は『休み』として過ごしているのに自分には『休み』が無い」については夫婦で話し合いが必要なのかなと思いました。

まずお子さんがいるご家庭については「育児」については誰かに預かってもらったりしない限り「完全休業日」は無いので「外貨獲得担当者」の休業日に育児の分担をどうするか、という事を話し合わないといけないのだろうな、と。

専業の育児担当者がいる場合、兼業者より専業者の方が手技に長けていたり子どもとの関係性が親密な可能性は高いと思います。ただ、「だからと言って全て専業者に任せる」というよりは「専業者から手技を学んだり」「日常的に触れ合っていない人だからこそできる子どもとの関わり方」や「専業担当者に依頼して、日頃から子どもと兼業者の間に溝ができないよう配慮してもらう。配慮してもらった事に関しては感謝を伝える」のがいいのではないかな、と思いました。もちろん「専業担当者は、日頃から子ども達に対して外貨獲得担当者がいることのありがたさを伝えること」も大切だろうな、と。

 

お子さんがいないお家でも、「家事」は生活する限り発生すると思います。そもそも「家事」には終わりがないので…

なので、「休業日の家事をどうするか」は「どのレベルでの達成度を目指すか」も含めてよくよく話し合う必要があるんだろうなぁと思いました。

(ちなみに我が家はおそらくレベルの設定が低く、適宜半分ずつ分担する、というスタイルです)

 

③の「家事・育児を『外貨労働』より低く見られている」のは残念なことだなぁと思います。なぜそういう現象がおこるのかなぁ、と考えてみると「家事・育児について詳しいことを知らない」からなのかなぁと思いました。「知らない国の人の事は『危ない奴らだと感じる』みたいなのと似ているのかな、と。知識・想像力の欠如による理解不足。

 

そして、「家事・育児はある程度ハイレベルの事が何も習わなくてもできるのが普通である」というものすごい誤解が割と一般的にまかり通っているんじゃないかしら、と思いました。

家事だって育児だって「生まれた時に身についているもの」ではなく、学習・訓練によって身につくものなので「何もしてこなかったなら『できない』のが普通。できているとしたらその人がどこかで努力したからなのだ」と思います。その「努力」の部分を「性差」という言葉でごまかそうとしている人も多いのかなぁ、と。

 

育児に関しては、実際に自分でやっていない人が「このぐらいの年の子にはこのぐらいの事を身につけさせられて普通だろう」みたいな言い方をする方も多いみたいなんですが、その基準を聞いてみると「いや、普通に考えてその年齢に対するハードルとしては高すぎるよ」という内容な事が多いです。つまり子どもの発達に対する知識が不足しているんだろうなぁと。

 

乳幼児の事を「泣かせるな」とか「散らかさせるな」と旦那さんから言われるという話も割と聞きます。「子どものために、そうさせない方がいい」と言うよりは「自分にとって都合が悪いからやめさせろ」という場合が多いようですが。

もし電車とかで誰かにそういう風に言わせた時「申し訳ないですが私は至らぬ人間なものでまだその能力を持っていないんです。ぜひ参考にしたいので暴言・暴力以外の方法で見本を見せていただけませんか」と言ったら、どんな風にしてみせてくれるものなんだろうな~とかよく思います。実際は言えないでしょうけど。すごい回答をくれる人っているのかな??

 

「子どもに一回言ってもなおらない、覚えない」と怒る人も多いらしいんですが、一回言ってなおる、覚えるならみんな東京大学に入ってオリンピックに出てるし、刑務所は無いんじゃないだろうか、と思います(そもそもどうして「親が言った事を全て実行しないといけないんだよ」という風にも思いますし)。大人でも「一回言ったらなおる、覚える」事が可能な人は人この世に1人もいないですし、非合理的なお願いだよな~と思います。

 

④の「家事・育児に対する『報酬』が無い」というのは昨年末の「逃げるは恥だが役に立つ」を見て色々考えたテーマの一つです。

この報酬というのは1つは「外貨」です。自分で外貨を得られないというのは私にとっては不安で仕方がないことなので、専業家事・育児担当者はすごいなぁと思います。

逆に、兼業外貨獲得担当者で専業家事・育児担当者の事を「気楽でいいなぁ」という人には「あなたは自分で外貨を得られないという状況に耐えられる心を持っているのですか」と聞いてみたい。もしかしたら外貨担当が病気や事故で働けなるかもしれない、「誰が稼いでると思ってるんだ」なんて心無い言葉を言ってくる日がくるかもしれない、という不安に立ち向かえるだけの心を、少なくとも私は持っていません。

 

もう1つの報酬は「ねぎらい」なんだと思います。むしろ、ほぼ100%であろう外貨が得られないタイプの家事・育児担当者にとって報酬は「ねぎらい」しか無いとも言えると思っています。ここが無かったら逃げ恥で言う所の「完全なる労働力の搾取」です。

そして外貨獲得担当者の家事・育児に対する理解が不足していると「高いレベルの事をやって『当然・普通』だと思われている。基準に達していない時は叱責の言葉をかけてくれるが、やった時に労いの声をかけてくれる事はほぼ皆無である」という事体が発生してしまう。

 

もちろんそれはそれで「もっと労いの言葉をかけてあげて!!」とは思っているのですが、AさんからBさんの話を聞いているうちにBさん、つまり外貨獲得担当者は外貨獲得担当者で大変なのかなぁとも思いました。

 

よく、「専業主婦は旦那から褒められなかったら誰からも認めてもらえないのに、旦那が褒めてくれないのはひどい」と聞きます。ひどいことだと思います。私も友達と一緒になって「ひどい旦那さんだ!!」とプリプリすることもあります。

 

ただ、割と多くの会社では、社員同士に褒め合ったり認め合う文化が浸透していないとも聞きます。もし外貨獲得担当者さんがそういう会社で働いているのだとしたら。

専業家事・育児担当者は「1/1の他者から褒められなくて、認められなくて、つらい」。

外貨獲得担当者は「たくさんの他者と触れ合っているにも関わらず、誰からも褒められなくて、認められなくて、つらい」。

どちらがつらいとは比べられない、どちらもつらい話だなぁと思いました。

お子さんと専業家事・育児担当者の関係が良好な場合、外貨獲得者からしたら「そこはそこで楽しそうでいいじゃん。こっちなんか一日のうちで誰も褒めてくれない…家に帰ってきても感謝されてる感じがしない…悲しい!!怒り!!」となってしまうこともあるかもしれないなぁ、と思いました。

「いい年した大人がそんな小さい子みたいな事思うの?」と言う人もいますが、人間いくつになっても「大切にされたい」という気持ちは変わらないのではないかな、と私は思っています。

お互い十分な承認欲求が得られず不機嫌・不満が溜まっているない場合、お互いに対して非合理的なお願いをしてしまうようになるのかなぁと。心が満たされている時だったら、そんな非合理な事をもし言ってしまったとしても(あ、自分今随分無理な、アホみたいな事言っちゃったな。大人げなかったな)と思いやすいんじゃないかなぁ、なんて思います。

 

なので、やっぱり結論としては「お互いがお互いの役割を果たしてくれている、果たそうとしてくれている事に感謝して、感謝を伝えあうといいんじゃないかなぁ」と思いました。上手くいっているご家庭というのは、この辺りが上手く機能しているご家庭が多い気がします。

 

家庭だけでなく、職場でも同じことができた方がいいんじゃないかな、と思っています。私が今の仕事を好きだと思う理由のうち、「互いを褒め合う・認め合う文化がある」という部分はかなりの%を占めると思います。

気持ちよく仕事ができた方が、結果会社としても業績が上がっていいと思うんだけどなぁ。

 

我が家が今のところ割と上手くいっている(と、少なくとも私は思っている)のも、毎日朝から晩まで「旦那さんが存在してくれている」時点で感謝を伝えまくっているせいかな、と自分では思っています。

shinoeco.hatenablog.jp

 

ちなみに、我が家は「性別による不平等感」を感じることが0とまでは言いませんが(多分まだ不平等さに気づいていない事も多いと思うので)割と少ない方だとは思いますし、気が付いたことについては「これってよく考えたらおかしいと思うから今度から〇〇にしたいなぁ」言うようにしています。

旦那さんは提案したことについて理不尽に反論してくることも無いですし、そもそも旦那さんは私に「女なんだから~」と何かを言った事がありません。

そのことに気が付いたので、旦那さんに「家事等について私に『女らしさ』を求めているのか」と尋ねたところ「え?別に(家事は)自分でできるし。『どっちかの性別じゃないとできないこと』なんて体の機能以外の部分で(例えば育児における授乳とか)あるの?(なんでそんな事聞くの?不思議だなぁ)」との返答でした。そういう風に考えていたのか、と思いましたし、そういう風に考えてくれるところも旦那さんの好きなところだな、と思いました。

 

目新しい話では無いのですが、自分の言葉として書いてみたかったので書きました。

すっきりしました。ありがとうございました。